ことわざの世界へ、ようこそ
ことわざって、なに?
ことわざというと、何か古めかしいお説教を想像するかもしれませんが、今でも身の回りにたくさんあり、知らないうちに誰でも気軽に使っているものなのです。
テレビの天気予報でよく使うものの一つに、「暑さ寒さも彼岸(ひがん)まで」という言い方があり、一度は聞いたことがあるでしょう。また、テレビアニメを注意して見ていると、「花より団子」、「一寸(いっすん)先は闇(やみ)」、「どんぐりの背くらべ」など、い ろいろなことわざが出てきます。アメリカやロシアの大統領も、自分の国のことわざを使ったりして、演説を行っています。
みなさんの毎日の生活でもことわざは”生きて”います。たとえば、A君はクラスで一番かけ足がはやいのですが、こんど転校してきたB君はもっとはやいのです。そうしたときに、「上には上がある」もんだ、と言ったりします。あるいは、Cさんは妹が遊びにいってなかなか帰ってこないので、Dお母さんから頼まれてむかえにいったのですが、Cさんもいっしょに遊んでしまい、妹を連れて帰ってきません。そんな時、お母さんは「あらあら、ミイラとりがミイ ラになっちゃったわ」と言ったりもします。
このように、あるものごと、できごとを、別の言葉で言って、何かを教えたり、注意したり、はげましたり、笑ったりする内容をもつ短い言い 方を、「ことわざ」といいます。
むかしの人々が、農業は季節と作物のつながりについて、漁民は天候や海の様子のこと、職人や商人は技術や商売についての知識や智 恵を、親から子へ、親方から弟子へと伝えました。その時、おぼえやすくするために、短く、印象深く工夫して、まとまりのある言葉を創りました。それが、「ことわざ」だっ たのです。
漢字で、ことわざは、「諺」と書きます。言べんに彦という字は、言葉を飾ること、言葉にお化粧をしたもの、という意味ももっていますので、言葉のもともとの意味としても、言葉の技術、芸術ということです。
どのようなことわざがあるの?
日本には、5万から6万のことわざがあるといわれています。日本人は、昔から「いろはカルタ」で遊びました。「いろは」は、今の「あいうえお」ですね。みなさんもお正月に遊んだことがあるでしょう。今では、人気マンガやアニメもカルタになっていますよ。この「いろはカルタ」は、い、ろ、は……を、ことわざの最初の 文字にして、かるたができています。このカルタに使われていることわざを例にしてみましょう。
◎今でもよく使われていることわざの代表例「犬も歩けば棒にあたる」 「花より団子」 「猫に小判」 「鬼に金棒」 「負けるは勝ち」 「油断大敵」
○よく聞くことわざ「馬の耳に念仏」 「頭かくして尻かくさず」 「旅は道づれ」「目の上のこぶ」 「知らぬが仏」 「門前の小僧、習わぬ経(きょう)を読む」
「いろはカルタ」には、上方、今の大阪や、京都で作られたものと、今の東京である江戸で作られたものがあります。「上方いろはカルタ」は、今から220年くらい前、「江戸いろはカルタ」は200年くらい前につくられました。カルタには絵が描かれていますから、字を知らない小さな子ども、字を読めない人でも楽しく 遊びながらことわざを学んでいけたのです。
ことわざはいつできたの?
世界では、紀元前2000年ころ、メソポタミアのシュメールに世界最初のことわざを記録したものが残っています。現代でも理解できるものをあげてみましょう。
「楽しみは ビール、つらいのは兵役(へいえき)」(兵役は、ある年齢になると、決まった期間に軍隊に入って練習を受けることですね)
「つるはしは薪(たきぎ)を刈 らない、熊手(くまで)は薪(たきぎ)を刈らない」(日本では「適材適所」という意味が近いでしょう)
「君は見つけた物については黙っているくせに、 失った物のことだけは話している」(人間の身勝手さを注意することわざです)
これらを見ると、4000年もの昔の人々と現代に生きる私 たちに共通するところがあり、古代の人と話ができるような気がしますね。
日本では、「古事記」のなかにいくつかのことわざが使われています。それより前は、文字で記録された本はありませんから、「古事記」のなかのことわざが、 日本で初めての記録です。それから後、13世紀ころから広まりだし、江戸時代に、ことわざはもっとも盛んに創られ、描かれ、使われるようになりました。
ことわざは世界を結ぶ!
ことわざは、日本やシュメールだけではなく、世界中にあります。ことわざのない国や民族はありません。国や地方に独特のものが数多くありますが、世 界で共通することわざもたくさんあります。ことわざのことを「世界の共通語」とよぶ人もいます。
日本に「かべに耳あり」ということわざがあります。意味を知っていますか?
「草原に目あり、茂みに耳あり」 (インドやチェコ)
「茂みに耳あり」 (中米のトリニダード・トバコ)
「野に目あり、森に耳あり」 (イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー)
「畑に目あり、かべに耳あり」 (グルジア)
「風に耳あり」、「小道に耳あり」 (アフリカのガーナ)
「虫に耳あり」 (アフリカのマサイ族)
「昼に目あり、夜に耳あり」 (イランとモロッコ)
「昼間の話の鳥が聞き、夜の話はねずみが聞く」 (韓国)
「へいにすき間あり、かべに耳あり」 (中国)
このように、ほぼ同じ言い方、意味のことわざが世界中にあるのはおもしろいですね。
ことわざの役割って何?
「タトエにもれたものはない」ということわざがあります。この意味は、ことわざはありとあらゆることを言っている、と いうことです。ことわざを知ることで、「民族の天分、機知、精神はことわざの中に見いだされる」(イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンの言葉)ことに なるのです。
また、「ことわざは知性から生まれ、知性はことわざから生まれる」(ロシアのことわざ)、「ことわざを知っている賢者(けんじゃ)は争いをお さめる」(ナイジェリアのことわざ)こともできるわけですね。
つまり、ことわざを知ることは、人間、社会を全体的に知ることにつながるわけです。
さらに、ことわざには、「人を見たら泥棒と思え」というのがあります。たしかにそのような事は現実の社会にあります。する と反対に、「渡る世間に鬼はいない」ということわざがあってバランスをとっています(少し前まで、「渡る世間に鬼はなし」というテレビドラマがありました)。このように、人間、社会をきれいごとでなく、裏側までも言い表しているのがことわざなのです。
しかし、ことわざには、表現、言い方を印象深く、おおげさにするために、人の欠点や差別をはっきりというものも、少なくありませんので、その点は注意も必要です。
いずれにしてもことわざを知り、使いこなすと、すばらしく世界が見えるようになり、おもしろい会話もできることはまちがいありませんね。
(c)日本ことわざ文化学会 2010