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HPことわざ研究/談話室 #1

2020年12月

『世界ことわざ比較辞典』編集余話

時田昌瑞

 

「案じるより団子汁」・「思い立ったが吉日」

2009年10月に日本ことわざ文化学会は発足しました。当初から学会の核となるような活動を思い描いていたこともあり、翌年2月には「ことわざ国際比較プロジェクト」なるものに着手しました。このプロジェクトの眼目のひとつが成果は岩波書店から辞典として刊行するということにありました。最初から終着点が決まっていたものの、作業の完了も確たるものではありませんでしたが、4年先と定めていました。実際の作業としては、各言語の担当者が月に一・二度集まって持ち寄った原稿をあれこれ議論し検討する場となる会合と、遠方の方むけにメールでの参加者からの原稿を合せた方式で推進されることになったのです。検討する会は明治大学をお借りして延べ28回を数えるに至りました。4時間近くの検討会のあとは毎回、懇親会を行い、ここでもことわざ談議に花が咲いたものでした。余談です。学会で理事の任にあった者は、午前中に理事会、午後は検討会、夕方から懇親会といったまる一日ことわざ漬けのありさまでした。

プロジェクトの目標は世界各地から20言語くらいのレベルのものを目指しておりましたものの、産声をあげて間もない学会を反映し、初めは10人にも足りない顔ぶれでの出発となりました。私には、ものごとを楽観的に見る癖もあって、心配ばかりするより美味しい物でも食べていようよとの「案じるより団子汁」の気持ちがありましたので人数の心配はしていませんでした。まあ、悪くいえば見切り発車ともいえました。が、結果としては1年半後くらいに20近くになりましたので「思い立ったが吉日」だったとの感慨をいまは覚えます。

 

思考錯誤に紆余曲折

これまでの辞典が採用してきた方法は踏襲せず、日本のよく知られることわざから世界各地のことわざを覗いてみるという方法を考えました。自国のことわざから異国のさまざまなことわざを探し出す前例のない試みであったこともあり、ゴールまでの道中は想像以上に長く険しいものになってしまいました。プロジェクトの内容は、第一部が基本となる日本のことわざに対する外国の言語の比較、第二部がそれぞれの言語から動物30種に限定したことわざを抽出しての比較、第三部が各言語に固有な100のことわざを紹介するという3部立てのけっこう大がかりな構想でした。

手始めの作業は、現代よく知られていると見られる約600余の日本のことわざを五十音順にして順番に比較検証するもので、1回あたり4時間を費やし議論を重ね、その結果をリスト化しながら積み重ねて行きました。併せて、メールでの参加者のものも一緒に進めたのです。しかし、想定以上に検証に時間を要してしまい、このままでは大幅な遅れが必至となることが分り、項目を300に絞る軌道に修正することにしたのです。

第1部に1年半あまり費やしたのち、第2部にかかり、その後に第3部へと進め、2013年末に第3部までのものが一応終わりました。ただし、途中から新たに加わった言語がいくつもあったり、極端に原稿が遅れたものが出たりしましたので、すべての歩調がそろうものではありませんでした。

また、2014年から第1部の全てのことわざに原語をつける作業が始まりました。当初から第2部と3部には原語をつけることにしておりましたが、全体の分量がかさむため第1部は予定していませんでした。版元の意向や辞典としての特色も加味し補充することに変更したのです。しかし、執筆作業をリレー式に回覧する方式にしたこともあり、予想以上の時間がかかり約2年半も要してしまいました。この間に第2部に取り掛かれない言語や、第3部では固有のことわざの存在を見いだせない言語があることも判明しましたので、ここでも軌道修正を余儀なくされたのです。つまり第1部に手間取り第2部が遅れている言語が少なくないことから第2部は延期し、第1部の仕上げと第3部の追求を優先することにしたのです。

 第3部は本辞典の最大の特色をなすものとの位置づけておりました。しかし、多大な労力を傾注したものの、現状では容易には越えられない難関が存在するとわかり、断念せざるを得なくなりました。このもっとも大きな要因の一つはことわざ研究自体の在り方に起因しているのではないかとも考えられるのです。ともすればことわざの国際的な共通性や類似性に注目する傾向が土着的なことわざの存在を看過する研究姿勢につながったのではないかと想像するのです。

 

「怪我の功名」か「瓢箪から駒」か?

 最終的には当初の2倍以上の年月がかかったこともあり、色々なエピソードやら失敗・トラブルが嫌という程あります。これから、墓場に持って行くものは除いた差し障りのない範囲でご紹介することにします。

 一通りまとまった段階になってから原語を付す作業と訳文の修正作業が始まりました。特に修正作業は、途中であとから加わった言語がいくつもあるため先に終わった言語は後から加わったものの存在を知りえない状況になりましたので、先の方は全体にわたって点検しなければならなかったからです。

 エピソードその1: M語の方に番が回った時のことでした。「紺屋の白袴」の項目は最初ありませんでした。リレー方式の回覧は私からそれぞれの担当者へまわし、書き込んでもらったら戻してもらい私が確認した上で次の方にまわすというものでした。ところがM語から戻ってきたものを確認していたら「紺屋の白袴」が新たにつけ加わっていたのです。そこにM語の二つほどのことわざが書かれていましたが、新項目が周知のことわざであったこともあり、削除せずそのまま次にまわしました。比較的早い段階のことでしたので、後からの人も知ってか知らずかそこに書き込む方もいました。一通り巡回した段階では書き込んでいない言語の方に改めて要請しましたら即座に11のことわざが集まったものでした。ただ、この時点で第1部の項目数は300と決めておりましたので外国の例の少ない「蚤の夫婦」は削除することとなったのです。

エピソードその2:R語の方のケースです。点検作業をお願いしておりました際に古典ギリシア語も併せて記載されておりました。一回目の時に10数個の項目がある上、たいへん詳しい注記も施されており、その内容の深さと豊かさにびっくりした覚えがあります。そもそも対象になっていなかった言語でしたのご本人に問い合わせましたところ、当然入っている言語だと思っていたとのこと。誤解だったのです。しかし、中身は歴史的な裏付けのある素晴らしい注記であり、西洋のことわざの起源ともなる古代ギリシアのものなので本辞典の重要な骨格を形成するものと考え、新たな追加言語の扱いとなったのです。それこそ「瓢箪から駒」でした。古典ギリシア語がくわわったことで本辞典での西洋のバックボーンが築けたのです。ただ、最後の方で参加されたものであったため、編集上の時間的制約から解説に十分に反映できなかったことが残念でした。

 

「人は病の器」・「病には勝たれぬ」

 F語の方も30年以上のおつきあいがありました。当然、最初からのメンバーの一人です。第3部まで一通り書き上げていただきました段階で連絡が入りました。身体が不調でこれ以上の作業はできないとのことでした。たいへん誠実な方でしたからお気持ちに沿うことにしました。しかし、まだ、たくさんの修正や面倒で時間のかかる校正もありましたので何としても後釜を探さねばなりませんでした。病気で離脱された方とは別件もあり、何回かメールしましたものの返事がありません。メールが駄目でしたので手紙を出しましたら奥様から重い病であるとのお返事を頂戴しました。それからしばらくして病死されたとの連絡をいただきました。札幌に住まわれていましたのに、検討会にはわざわざ出席して下さるような熱心な方でありましただけに何とも残念でした。

 現在の辞典にはポルトガル語は入っておりませんが、最初の段階から3年以上はポルトガル語とブラジルの両方を担って頂いた方がいました。とくにブラジルは手薄な南米地域でありますし、日本との関係も深いものがありますので重視していた地域でした。明大での検討会のあとの懇親会の常連でもありました。

 この方も学会の前身に当たることわざ研究会以来の間柄でした。途中、お仕事の関係で研究会を離れられ暫くは関係が希薄になりましたが、その後、私の下の娘がブラジルの貧民街でのボランティア活動に関わった際にはポルトガル語の学習でお世話になりました。

 以上のお二人以外にも病やお仕事の関係などで離脱された方が何人かいらっしゃいます。その内のお一人はアフリカ言語が専門の方でしたので非常に残念で惜しまれてなりませんでした。

 

 「似た者同士」で「梨のつぶて」

 病気以外に音信が途絶えてしまった方もいます。内モンゴルの方で、メールで参加されました。比較的あとからの参加であったこともあり、第1部はまるまる全部が一度に届きました。中身をあらためてみてびっくり仰天。なんと見出しの日本語とまったく同じか酷似した言い回しが続出したのでした。○石にも三年座れば暖かくなる(日本にもほぼ同じものあり) ○急がば回れ ○一石二鳥 ○一寸の虫にも五分の魂 ○井の中の蛙、世界の広さを知らず(日本にも似た言い回しがある) ○人の上には人がいる(上には上がある) ○瓜の蔓には豆はならぬ ○天地の差 ○英雄色と酒を好む ○絵の餅は腹の足しにならぬ ○海老で鯛を釣る ○同じ穴の狸 ○溺れた者は草の根をも掴む ○親の心子知らぬ ○暖簾に腕押し(蛙の面に水に対して) ○誰でも先に自分の田へ水を引く(我が田へ水を引く) ○善を施せ、福は寝て待て(果報は寝て待て) ○聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥

 以上の18項目は辞典の「あ」から「か」までで完全に一致か酷似したもの。そこで、あまりにも似たものが多かったので問い合わせてみました。返信の内容は、内モンゴルは旧満州に相当し、戦前の日本の統治下にあった影響で日本語が普及しており、現代のことわざ辞典にも載っているとの返事を頂戴しました。これを聞いて得心しました。帝国主義が侵略する場合、相手の言語や文化を知ることは重要な戦略であり、ことわざもその中のひとつでもあったからです。

 この内モンゴルの件では大問題がおこりました。すべての訳語に原語をつけて貰いますので、訳語と一緒に原語を送信してもらいます。ところが、訳語は間違いなく受信できるのですが、原語のモンゴル文字ができないのです。受信側のパソコンのせいかと考え、何人かに送信し直して貰いましたが旨く行きません。その後、専門の業者に相談したところ発信側のパソコンのせいだろうとなりましたので、再度、お願いしました。三度程つづけてお願いしたら返信自体が戻らなくなり、そのまま音信が途絶えることになってしまったのです。

 原因は、もちろん解りませんが、私の側に落ち度があったとすれば、全体の進行が著しく遅れていましたので、あちらの事情が変わったこともあるのかも知れません。私としては日本帝国主義の「遺産」と考えられる貴重な資料と思っていただけに止めにするのは誠に残念でした。ことわざにも独特のものが多くあるモンゴル語は是非とも入れておきたかったので、やむなく内モンゴルは諦め、キリル文字の外モンゴルのものに代えたのです。従いまして、本辞典のモンゴルはすべて外モンゴルのものとなります。

 

「当て事とフンドシは向こうから外れる」

 見出しのことわざは現代ほとんど見聞きしないことわざなので先に簡単に説明しておきます。心当てにしていることは、こちらの思惑とは異なり先方の都合などで外れることが多いというもの。

言語の選定や執筆陣についての話になります。執筆サイドで最終的に本辞典に関わった方は31人に及びます。離脱された方々も含めれば延べで40人以上となります。また、言語とか地域の総数がいまは25ですが、ここに至るまでにいくつもの入れ替わりもあり、変遷史を描けるようなものさえあります。

 採用言語の基準とした一つは言語人口が多いこと。そして世界的にも周知の国であること。三番目にできるだけ世界の各地からのバランスを配慮したものにすること。あとはことわざの観点から顕著な特色がみられるものも含めました。もろもろの事情で担当者が代わったケースも何人かありましたし、ポルトガル語のように後を継いでくれる人が見つからないものもありました。立ち消えた代表的なものがゲール語です。ゲール語自体マイナーな言語でアイルランドやスコットランドなどにある日本人には馴染みのない言語の一つですから代わりとなり得る人はおいそれとは見つかりません。

 他方、思いがけなく新たに加わってくれたものがウガンダのチガ語で無文字社会のものです。本辞典の最終段階で加わって頂きました。わざわざ現地調査をして頂きその成果を頂戴できたのです。ちなみに、チガ語のことわざは本辞典が世界での初公開になる貴重なものです。

 

「金太郎アメ」か「十人十色」か

 翻訳の問題に触れないわけには行きませんね。この辞典の翻訳の基調は、できるだけ原語のニュアンスを活かした上で日本語として抵抗感なく読者が感得できるものを理想と考えていました。とはいえ、言うは易く行うは難しを「実感」したしだいです。実感にカギをつけたのは私が日本語以外はまともには解らないからです。そこで採った方法は、まず日本語として違和感がないかをチェックポイントとしました。とはいえ、日本語のことわざは主語や助詞などがあったら却ってことわざらしさがなくなりますから、文法的に正しく日本語に置き換えれば済むわけではありません。日本のことわざの表現は俳句・川柳・標語を連想してもらえれば解りやすいです。したがって、実際には日本語としてギゴチなく理解し辛いものについて整理することにしたのです。また、参考として他の人の訳があれば参照しました。日本には数多くの外国のことわざの本が出版されているからです。世界的にみても日本が一番ではないでしょうか。

 翻訳を巡る問題ではある”事件”がありました。私がことわざで関係する別の組織にことわざ授業づくり研究会というものがあります。ある時、本辞典にある「言うは易く行うは難し」が議論されていた際に本辞典の校了前の該当箇所をみせたことがあります。その時、10数の言語の訳が一字一句同じだったことに驚きの声があがったのです。ご本人は否定的な意味ではなく世界中が同じであることに単純に驚いたにすぎなかったのですが…。その場にいた私はショックを受けました。日本語のことわざでも一字一句が同じとの例は多くありません。それは辞書だけ見ていても分りません。実際の用例をみれば明白なのです。この意味合いから、本辞典にも異型や類型を意識的に取り込んで見出しのことわざの補いとしているのです。後にこの場面を思い起こしたら金太郎アメが頭に浮かんできたのです。棒状のアメのどこを切っても同じ顔がでてくるあれです。ぴったりでしょう。

 ルーツが同じことわざなら翻訳された言語の言い回しも同じになるか、これはなかなか厄介な問題なのでここでは深入りしません。個人的な感想でいえばヨーロッパ圏のものならともかく、言語要素が大きく異なるものを同じにしてよいかはなはだ疑問なのです。一般論ですが、ある英語のことわざの翻訳でも人によって訳が異なる事は衆知のことですし、同じ人が同じことわざを訳しても異なる表現になるも不思議でもなんでもありません。これは本辞典での編集段階でもありました。

 話が少し飛躍します。金太郎アメの原因は定訳にあるのではないかと憶測しました。ところで定訳とは評価の定まった翻訳のことで標準訳のこと。「溺れる者は藁をも掴む」「終わり良ければ全て良し」「大山鳴動して鼠一匹」「沈黙は金」「鉄は熱いうちに打て」「二兎追う者は一兎も得ず」など大変よくしられるものが多いのです。定訳があるとなかなか抗い難い面がありますものの、本辞典では「無謀」にも定訳にあえて挑んだ例もあります。ただ、この問題が生じた編集段階では問題の困難さも絡み、全体的に周知しきれず結果としてばらついたままの状態があります。課題が残りました。

 

「六十の手習い」から「終わり良ければすべて良し」

 発足まもない学会のメンバーを軸に知り合いなどに呼びかけてプロジェクトは始まったのですが、呼びかけ人の私は、じつはパソコン童貞だったのです。それまではワープロ専科で、しかもキーボード配列が親指シフトでしたからパソコンは一からのスタートだったのです。もう少し正確にいえば、プロジェクトのために慣れ親しんだ愛機のワープロから泣く泣くパソコンに乗り換え、20年近くのワープロ生活に別れを告げたのです。

なんとか辞典が仕上がったのは、いまなお携帯も持たないIT音痴人間が企画した未知なる辞典作りを理解し、協力くださった執筆者の皆さんの多大なるご尽力によります。加えて暮れも正月も返上して綿密な作業を遂行して頂いた岩波書店編集部の力のお陰と厚く感謝しております。

話が戻りますが、辞典が校了を迎えた段階はすさまじいものがありました。ちょうどコロナの第一波を迎えていた時で、このころ辞典の刊行を記念する世界ことわざフォーラムなるイベントを同時進行させておりこちらも最終段階にありました。この催しは、在日外国人による座談会、諸外国語のショートスピーチ、新作世界ことわざソングの発表など、これまでになかった新企画のイベントとなり企画者の私自身がものすごく楽しみにしていたものでした。しかし、コロナのため中止せざるを得なくなり、辞典の最終段階とイベントの中止が重なり、ひっちゃかめっちゃかの状態に陥り、その後しばらくは気力も萎え、前向きになるのに時間を要した程でした。

脱線ついでに手前味噌を2ついいます。一つ目は、すべてに原語がつけられたおかげで外国語の原語文字を目の当たりにできて見知らぬ外国語であってもそこに視覚的なイメージがもたらせられるのではないか感じました。これは翻訳だけでは不可能です。二つ目は日本語の解説には起源や履歴をつけた上で常用度合の指数を示しました。特に用例の常用度合に触れた前例は皆無だと思われますので日本のことわざの”生きた”姿の一端を示せたのではないかとの自負を持っています。

辞典の刊行後にはテレビ・新聞・雑誌などで紹介や書評を十指あまり頂きました。思わずこちらが照れくさくなる賛辞や問題点のご指摘も頂戴しました。素直にうれしかったのは金井真紀さんのイラストの評判が高かったことですね。世界のことわざの姿と形をイラストによって鮮明にしてくれた素敵な作品でしたから。

手ごろな価格でより多くの読者のみなさまが手に取っていただけるようにとの当初の思いの結果、学問的・専門的な資料としての不足があることは承知しております。本辞典が今後の世界のことわざ研究の一つの足掛かりになればとの思いです。読まれたお一人でも多くの方がことわざへ関心を向けていただき、学会に加わって頂けることを願っております。

世界中にことわざはあります。そして古くは5000年前の昔からの歴史がある上、現代も新たに生まれているのです。ことわざの山や海はいくら掘っても汲んでも尽きない無尽蔵の世界なのです。

HPことわざ研究/談話室

 コロナ禍により、学会活動につきましてはご心配をおかけしました。そのさ中ではありましたが、「メール総会」において 2019 年度の総括および2020 年度の活動計画等をご承認い ただきました。感謝申し上げます。

 コロナの先行きは予断を許しません。しかし、手をこまねいている訳にも参りません。そこでまず従前の「月例会」に代わる「HP ことわざ研究/談話室」を開設することにしました。 いわばホームページ上における研究や報告のページです。以下に、その予告の概要をお伝えしますので、その雰囲気を味わっていただければ幸いです。

 2020 年 12 月 時田昌瑞(ときたまさみず)副会長による『世界ことわざ比較辞典』編集余話」を掲載し ます。この辞典は、300 の日本のことわざを基盤とし、25 の言語・地域から集積した 6500 を上回ることわざ類から成り立っています。このような世界初の形式を編み出した時田氏の余話には、辞典づくりのご苦労と面白さが満載され、人間とことわざの関係やそれを取り巻く環境への興味は、ますます高まるものと推察されます。

 2021 年 1 月 堀田秀吾氏(ほったしゅうご:明治大学法学部教授)にご寄稿いただきます。先生には 2020 年 5 月にご登壇いただく予定でした。その時のテーマと概要を改めて記しておきます。 多様な学問からの斬新な切り口により、異彩を放つことわざが続出するのではないか、と期待しています。

テーマ:「ことわざと科学的分析」 概 要:本発表は、拙著『このことわざ、科学的に立証されているんです』において展開 されている考察を基に、さまざまなことわざと既存の心理学・言語学・社会学・行動経済 学・脳科学・医学などの研究を結びつけることの意義、またそこに生じる矛盾や問題点などを論じていく。

お知らせ​

ホームページに開設する「HP ことわざ研究/談話室」は、会員の皆様に開かれたページです。 投稿の条件は下記の 3 点です。

①ことわざに関連する内容であること

②他を誹謗中傷するものではないこと

③400 字詰め原稿用紙 10~30 枚を原則とすること。

 

投稿はメールアドレス paremio@gmail.com まで、添付ファイルにてお願いします。件名には「研究/談話」と記してください。なお、原稿はいったん事務局にて預からせていただきます。

ご理解をお願いします。

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